今日、7月20日はかつての「海の記念日」です。

写真は少し古いのですが

発祥の地

青森市には「海の記念日発祥の地」の碑があります。
(現在この碑は西側に移っています)

明治9年7月、東北各地の巡幸を終えた明治天皇が、ここ青森の地から

蒸気船明治丸に乗船し、津軽海峡を渡り函館へ向かいました。

そして、再び明治丸に乗船して横浜に還御したのが7月20日のこと。

この日を記念して制定されたのが「海の記念日」で

青森はその発祥の地であることを自任しているのです。

この碑がある、聖徳(せいとく)公園には

明治丸

明治丸の碇のレプリカもあるのですよ。

ところで、この明治9年の天皇巡幸で、明治天皇一行は

青森の前日に野辺地町に立ち寄っています。

その時の行在所となったのが

IMGP0259

野辺地の有力者である野村治三郎氏の離れです。

数年前に修復され、午前9時半から一般公開されています。

ボクがここを訪れたのはまだ7時前、門はぴしゃりと閉まっています。

開館時間まで待つつもりはないので、せめて門の外から写真だけでも…

と、歩道からカメラを向けていたら

左手から近づいてくるお散歩中のおじさんが手招きしています。

おじさんの方に行くと

「この脇から入ることできるよ、ただ、中は見ることできないけどね。」

と、人ひとりが通ることができるほどの門と生垣の隙間を教えてくれました。

そういうことで、するりと敷地に入ることがきました。

このおじさんも一緒に中に入り、明治天皇もお気に召された庭の写真を撮ってました。

こちらの行在所、実は6年前にも訪れていて

野辺地行在所

その際に撮影したのがこちらです。

ずいぶんと綺麗になりましたね。

また、この巡行のお供していたアメリカ産の馬「花鳥号」が野辺地で斃死しました。

その冥福を祈って建てられたのが

IMGP0251

愛宕公園にあるこちらの像です。この像のことは知っていたのですが、

花鳥号が常光寺というお寺に埋葬されていたというのは知りませんでした。

ということで、常光寺に行ってみることにしました。

すると、境内に入ってすぐのところに

IMGP0286

町の指定文化財になっている「花鳥号碑」がありました。

左手の説明によりますと

こちらの碑は明治11年に宮内省から贈られたもののようです。

そして、写真では見えにくいのですが、碑に刻まれた銘文は

当時を代表する漢詩人長三洲(ちょうさんしゅう)のものだそうです。

ちなみに、この解説板には「平成28年7月7日」と日付が入っていました。

まぁ、できたばかりなのですね。

さて、もう少し明治天皇の巡幸の遺蹟をめぐりながら青森へ帰りましょう。